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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)217号 判決

神奈川県南足柄市中沼210番地

原告

富士写真フィルム株式会社

代表者代表取締役

宗雪雅幸

訴訟代理人弁護士

中村稔

富岡英次

同弁理士

小川信夫

東京都新宿区西新宿1丁目26番2号

被告

コニカ株式会社

代表者代表取締役

植松富司

訴訟代理人弁護士

古城春実

主文

特許庁が平成7年審判第17310号について平成8年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「ハロゲン化銀カラー感光材料」とする特許第1879552号発明(昭和56年3月16日出願、昭和63年6月3日出願公告、平成6年10月21日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成7年8月10日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をした。

特許庁は、この請求を同年審判第17310号事件として審理した結果、平成8年7月9日本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同年9月2日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  平成9年4月25日付け訂正審決(以下「本件訂正審決」という。)による訂正前の本件発明の要旨

別紙1[訂正事項対応表](1)の訂正前欄に記載のとおり

(2)  本件訂正審決による訂正後の本件発明の要旨

別紙1[訂正事項対応表](1)の訂正後欄に記載のとおり

3  審決の理由

審決の理由は、別紙2審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、訂正前の本件発明は、本訴における乙第1号証(米国特許第4,015,988号明細書。以下、本訴における書証番号で表示する。)に記載された発明であると認められるから、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであり、同法123条1項1号に該当すると判断した。

4  審決の認否

(1)  手続の経緯・本件発明の要旨(審決書2頁3行ないし5頁7行)のうち、本件発明の要旨の認定は争い、その余は認める。

(2)  請求人の主張(5頁9行ないし6頁19行)及び被請求人の主張(7頁1行ないし11行)は認める。

(3)  乙第1号証(審決時甲第1号証。7頁13行ないし19頁13行)は認める。

(4)  対比・判断(19頁15行ないし34頁13行)のうち、19頁15行ないし21頁4行は認め、その余は争う。(5)むすび(34頁15行ないし19行)は争う。

5  審決の取消事由

(1)  原告は、平成8年11月22日付け訂正審決申立書(甲第3号証)により、本件発明の特許請求の範囲の記載を含む明細書の記載の訂正を求める訂正審判の申立て(ただし、平成9年3月25日付け手続補正書(甲第21号証)により補正)をしたところ、特許庁は、平成9年4月25日、その訂正を認める旨の審決(本件訂正審決。甲第6号証)をし、その謄本は、同年5月12日原告に送達された。

(2)  したがって、本件発明の特許請求の範囲の記載は、前記2(2)に記載のとおり訂正されたから、審決は、結果的に本件発明の要旨の認定を誤ったものである。

(3)  そして、その誤りは審決の結論に影響するものである。

(4)  よって、審決は、違法なものとして取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認める。同5のうち、(1)、(2)の事実は認め、同(3)、(4)は争う。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。

2  本件訂正審決により本件発明の特許請求の範囲の記載は、前記請求の原因2(2)に記載のとおり訂正されたから、審決は、結果的に本件発明の要旨の認定を誤ったものであることは、当事者間に争いがない。

そして、上記本件発明の要旨認定の誤りは審決の結論に影響する可能性があるものと認められる(甲第6号証によれば、本件訂正審決は、「訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成されている発明が、特許出願の際に独立して特許を受けることができない発明にも該当しない。」としていることが認められ、本件については、訂正された特許請求の範囲に基づき、本件発明の特許が無効とされるべきであるか否かをまず特許庁において判断するのが相当であると思料する。)から、原告主張の取消事由は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年12月1日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙1

[訂正事項対応表]

項番 明細書中の位置 公告公報の該当箇所 訂正前 訂正後

(1) 特許請求の範囲 [同左] 発色現像反応によってイエロー、マゼンタ、又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制性を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式〔Ⅰ〕で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料。 一般式[Ⅰ] A-(L1)a-Z-(L2-Y)b  式中、Aは、現像主薬酸化体と反応して、(L1)a-Z-(L2-Y)bを放出するとともに、イエロー、マゼンタ、またはシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L1は(L1)a-Z-(L2-Y)bとして放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現させる置換基を表し、L2は、現像液において開裂する化学結合を含む基であり、 -COO-、-NHCOO-、-SO2O-、-OCH2CH2SO2-、-OCOO-または-NHCOCOO-を含む連結基を表し、aは0または1を表し、bは1または2を表し、bが2のとき2つのL2-Yは同じまたは異なる基を表す。ただし、Z-(L2-Y)bがアルキルオキシカルポニル基で置換されたペンゾトリアゾリル基またはアルキルオキシカルポニル基で置換された1-フエニル-5-テトラゾリルチオ基である場合は、このアルキル基は、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数1~4のアルコキシ基、炭素数1~4のアルカンスルホニル基、炭素数6~10のアリールスルホニル基、炭素数1~5のアルカンアミド、ペンズアミド基、炭素数1~6のアルキルカルバモイル基、カルバモイル基、炭素数6~10のアリールカルバモイル基、炭素数1~4のアルキルスルホンアミド基、炭素数6~10のアリールスルホンアミド基、炭素数1~4のアルキルチオ基、炭素数6~10のアリールチオ基、フタールイミド基、スクシンイミド基、イミダゾリル基、1、2、4-トリアゾリル基、ピラゾリラゾリル基、ベンズトリアゾリル基、フリル基、ベンスチアゾリル基、炭素数1~4のアルカノイル基、ベンゾイル基、炭素数1~4のアルカノイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基炭素数1~4のパーフルオロアルキル基、シアノ基、テトラゾリル基、ヒドロキシ基、カルポキシル基、スルホ基、炭素数1~4のスルファモイル基、炭素数6~10のアリールスルファモイル基、炭素数6~10のアリール基、ピロリジニル基、ウレイド基、ウレタン基、炭素数1~6のアルコキシカルポニル基、炭素数6~10のアリールオキシカルポニル基、イミダゾリジニル基または炭素数1~6のアルキリデンアミノ基より選ばれた少なくとも1つを有する。 発色現像反応によってイエロー又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式[Ⅰ]で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料。 一般式[Ⅰ] A-(L1)a-Z-L2-Y 式中Aは、現像主薬酸化体と反応して、(L1)a-Z-L2-Yを放出するとともに、イエロー又はシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L1は(L1)a-Z-L2-Yとして放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは、2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれた、現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現される置換基を表し、L2は現像液において開裂する化学結合を含む基であり、ここで、L2はZ及びYとともに以下の部分構造: -Z-(CH2)d-COO-Y又は〈省略〉を示し、aは0又は1を表し、dは0から5の整数を表す。 ただし、Z-L2-Yが5-(4-エトキシカルポニルフェニル)ーテトラゾリル基である場合を除く。また、Z-L2-Yがアルキルオキシカルポニル基で置換されたベンゾトリアゾリル基またはアルキルオキシカルポニル基で置換された1-フェニル-5-テトラゾリルチオ基である場合は、このアルキル基は、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数1~4のアルコキシ基、炭素数1~4のアルカンスルホニル基、炭素数6~10のアリールスルホニル基、炭素数1~5のアルカンアミド、ペンズアミド基、炭素数1~6のアルキルカルバモイル基、カルバモイル基、炭素数6~10のアリールカルバモイル基、炭素数1~4のアルキルスルホンアミド基、炭素数6~10のアリールスルホンアミド基、炭素数1~4のアルキルチオ基、炭素数6~10のアリールチオ基、フタールイミド基、スクシンイミド基、イミダゾリル基、1、2、4-トリアゾリル基、ピラゾリル基、ベンズトリアゾリル基、フリル基、ベンズチアゾリル基、炭素数1~4のアルカノイル基、ベンゾイル基、炭素数1~4のアルカノイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基、炭素数1~4のパーフルオロアルキル基、シアノ基、テトラゾリル基、ヒドロキシ基、カルポキシル基、スルホ基、炭素数1~4のスルファモイル基、炭素数6~10のアリールスルファモイル基、炭素数6~10のアリール基、ピロリジニル基、ウレイド基、ウレタン基、炭素数1~6のアルコキシカルポニル基、炭素数6~10のアリールオキシカルボニル基、イミダゾリジニル基、または炭素数1~6のアルキリデンアミノ基より選ばれた少なくとも1つを有する。

平成7年審判第17310号

審決

東京都新宿区西新宿1丁目26番2号

請求人 コニカ 株式会社

東京都港区赤坂3丁目2番6号 赤坂中央ビル9階

代理人弁護士 羽柴隆

東京都港区赤坂3丁目2番6号 赤坂中央ビル9階

代理人弁護士 古城春実

東京都台東区台東1丁目27番11号 佐藤第2ビル5階501 中島特許事務所

代理人弁理士 中島幹雄

神奈川県南足柄市中沼210番地

被請求人 富士写真フイルム 株式会社

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 中村稔

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 大塚文昭

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 宍戸嘉一

東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル6階 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 竹内英人

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 今城俊夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 小川信夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 村社厚夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 箱田篤

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号

代理人弁護士 富岡英次

上記当事者間の特許第1879552号発明「ハロゲン化銀カラー感光材料」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する.

結論

特許第1879552号発明の特許を無効とする.

審判費用は、被請求人の負担とする.

理由

(手続の経緯・本件発明の要旨)

本件特許第1879552号発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和56年3月16日に特許出願され、昭和63年6月3日に出願公告(特公昭63-27701号)がされた後、その登録は平成6年10月21日に設定の登録がなされたもので、その発明の要旨は、明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されるとおりの

「発色現像反応によってイエロー、マゼンタ、又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制性を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式〔Ⅰ〕で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料。

一般式〔Ⅰ〕

A-(L1)a-Z-(L2-Y)b

式中、Aは、現像主薬酸化体と反応して、

(L1)a-Z-(L2-Y)bを放出するとともに、イエロー、マゼンタ、またはシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L1は

(L1)a-Z-(L2-Y)bとして放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現させる置換基を表し、L2は現像液において開裂する化学結合を含む基であり、-COO-、-NHCOO-、-SO2O-、-OCH2CH2SO2-、-OCOO-または-NHCOCOO-を含む連結基を表し、aは0または1を表し、bは1または2を表し、bが2のとき2つのL2-Yは同じまたは異なる基を表す。ただし、Z-(L2-Y)bがアルキルオキシカルボニル基で置換されたベンゾトリアゾリル基またはアルキルオキシカルボニル基で置換された1-フエニル-5-テトラゾリルチオ基である場合は、このアルキル基は、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数1~4のアルコキシ基、炭素数1~4のアルカンスルホニル基、炭素数6~10のアリールスルホニル基、炭素数1~5のアルカンアミド、ベンズアミド基、炭素数1~6のアルキルカルバモイル基、カルバモイル基、炭素数6~10のアリールカルバモイル基、炭素数1~4のアルキルスルホンアミド基、炭素数6~10のアリールスルホンアミド基、炭素数1~4のアルキルチオ基、炭素数6~10のアリールチオ基、フタールイミド基、スクシンイミド基、イミダゾリル基、1、2、4-トリアゾリル基、ピラゾリル基、ベンズトリアゾリル基、フリル基、ベンズチアゾリル基、炭素数1~4のアルカノイル基、ベンゾイル基、炭素数1~4のアルカノイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基、炭素数1~4のパーフルオロアルキル基、シアノ基、テトラゾリル基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、スルホ基、炭素数1~4のスルファモイル基、炭素数6~10のアリールスルファモイル基、炭素数6~10のアリール基、ピロリジニル基、ウレイド基、ウレタン基、炭素数1~6のアルコキシカルボニル基、炭素数6~10のアリールオキシカルボニル基、イミダゾリジニル基または炭素数1~6のアルキリデンアミノ基より選ばれた少なくとも1つを有する。」

にあるものと認める。

(請求人の主張)

これに対して、請求人は、本件発明の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、

(1)本件特許請求の範囲は、発明の構成に不可欠な要件を記載しておらず、特許法第36条第4項の要件を満たしていない、

(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が容易に実施できる程度に発明の構成および効果を記載しておらず、特許法第36条第3項の要件を満たしていない、

(3)本件発明は甲第1号証、甲第2号証または甲第3号証に開示された発明と同一であり、特許法第29条第1項の規定に違反している、

(4)本件発明は甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証または甲第4号証の開示に基づいて当業者が容易に想到できたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反している、

と主張し、証拠方法として下記甲第1号証ないし甲第8号証および参考資料1ないし参考資料3を提出している。

甲第1号証:米国特許第4015988号明細書

甲第2号証:特開昭49-122335号公報

甲第3号証:特開昭55-121439号公報

甲第4号証:特開昭53-70821号公報

甲第5号証:米国特許第3499761号明細書

甲第6号証:英国特許第919061号明細書

甲第7号証:英国特許第1031262号明細書

甲第8号証:実験結果報告書(作成者:平林茂人)

参考資料1:特開昭54-130929号公報

参考資料2:特開昭52-82424号公報

参考資料3:特開昭53-99938号公報

(被請求人の主張)

一方、被請求人は、本件特許請求の範囲には、カプラーが一般式〔Ⅰ〕により特定されて記載されており、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施することができる程度に発明の構成及び効果が記載されており、しかも、本件発明は、出願前公知の刊行物に記載された発明と同一ではなく、また出願前公知の刊行物に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求人が主張する無効理由はいずれも理由がない、旨答弁している(答弁書第4頁第15行~第20行)。

(甲第1号証)

そして、甲第1号証には、

「支持体の上に少なくとも2層のハロゲン化銀乳剤層を有し、そのそれぞれが約220nmから約800nmまでの波長域の範囲の実質的に異なった波長域の輻射に感光し、芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングすることにより色素を形成することができる色形成カプラーを含む多層カラー写真感光材料であって、

該乳剤層のうちの少なくとも1つは一般式(Ⅰ)

(Ⅰ)

〈省略〉

[ここにおいて、Cpはカプラー残基を表し、そのカップリング位で一般式(Ⅰ)のNに結合される;LおよびMはそれぞれ窒素原子あるいは

メチン基を表し、LまたはMの少なくとも一方は窒素原子を表す;Vはベンゼン系の単環もしくは2環芳香族環を表す;このICCプラーは芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングして、トリアゾール誘導体あるいはジアゾール誘導体を放出する]によって表されるICCカプラーを含み、そして、

上記ICCカプラーを含む乳剤ユニットもしくは別の層に、一般式(Ⅱ)

(Ⅱ)

〈省略〉

[ここにおいて、AおよびA’はそれぞれ水素原子もしくはアルカリによって除去されることができる基を表し、A’はRからQと結合して環を形成することができる;P、QおよびRはそれぞれ水素原子、アルキル基、アリール基、アルキルチオ基、アリールチオ基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、アルコキシ基、アリールオキシ基、複素環あるいは-S-Z基を表し、PとQは結合して環を形成することができる;Zは結合した状態において実質的に写真的に不活性な複素環残基を表す;このハイドロキノン導体は現像に応じて、像様に、メルカプト基をもつ化合物を放出する]によって表されるハイドロキノン誘導および/または芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングしてメルカプト基をもつ化合物を放出するカプラーを含む、多層カラー写真感光材料。」(第32欄~第33欄、請求項1)、

「この多層カラー写真感光材料は色再現、鮮鋭性および粒状度が改善された色画像を提供する。」(第1頁、要約の右欄下から第4行~下から第2行)、

「さらに、2当量カプラーが使用されたときには、乳剤層の厚さは低減することができ、その結果、鮮鋭性が改善される。しかし、色の純度と粒状性は低下する傾向にある。

さらに、例えば1974年3月25日に出願された米国特許出願第454,525号や1974年5月6日に出願された米国特許出願第467,539号に記載された層間色補正カプラー(以降、“ICCカプラー”と呼称)を使用するときには、いわゆる層間効果による色補正効果によって色純度が改善され、またエッジ効果によって鮮鋭性が改善されるが、一方、粒状性は十分には改善されない。

ここにおいて使用される“ICCカプラー”という用語は、1974年5月6日に出願された米国特許出願第467,539号に定義されたカプラーを意味し、そのようなカプラーが多層写真感光材料に使われたときに、現像層において現像抑制効果が少なくて、層間効果を示し、その結果、“色補正機能”をもつカプラーを意味する。“層間効果”という用語は多層材料の1つの層の現像による1つもしくはそれ以上のその他の層における現像抑制効果を意味する。これらの効果を達成する1つの方法は、1つの乳剤層における現像に応じて像様に放出され1つもしくはそれ以上のその他の層に拡散される現像抑制剤を使用することである。現像層における“現像抑制効果”はその化合物が含有された乳剤層の階調を下げるものである。」(第2欄第6行~第36行)、

「一般式(Ⅰ)

(Ⅰ)

〈省略〉

において、Cpは芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングするカプラー残基を表し、LおよびMはそれぞれ窒素原子、メチン基または置換メチン基(例えば、低級アルキル基(1~4個の炭素原子をもつ、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等)、ハロゲン原子(塩素原子、臭素原子等)等で置換されたメチン基)を表し、Vはベンゼン系の単環または2環芳香族環(フェニル環、ナフチル環等)を表し、Vで表されるベンゼン系の芳香族環は、例えば塩素原子、臭素原子、フッ素原子等のハロゲン原子、あるいは、例えばニトロ基、シアノ基、チオシアノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アリールオキシ墓、アシルオキシ基、アルキル墓、アルケニル基、アリール基、アミノ基、カルボキシ基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アシルアミノ基、イミド基、イミノ基、スルホ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、スルファモイル基、スルホンアミド基、ウレイド基、チオウレイド基、複素環基等の約15個以下の炭素原子をもつ基で置換されていてもよく、LまたはMの少なくとも一方は窒素原子を表す。

Cpはカプラー残基であり、例えばカラー写真感光材料で使用される4当量のカプラー残基から選択される。適当な残基の例は、5-ピラゾロンカプラー、シアノアセチルクロマンカプラー、インダゾロンカプラー、開鎖ケトメチレン型カプラー(例えば、アシルアセトアニリドカプラー、ピバロイルアセトアニリドカプラー、アロイルアセトアミドカプラー、シアノアセチルカプラー等)、ナフトールカプラー、フェノールカプラー等の残基である。」(第3欄第55行~第4欄第31行)、

「本発明の多層カラー写真感光材料において使用される一般式(Ⅰ)によって表されるカプラーの中で、下記の一般式(Ⅳ)によって表されるものが特に有用である:

(Ⅳ)

〈省略〉

ここにおいて、Cpは一般式(Ⅰ)において定義されたものと同義である;Z1からZ4は同じであっても異なっていてもよく、それぞれ水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子等のハロゲン原子、あるいは、例えばニトロ基、シアノ基、チオシアノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基、アルキル基、アルケニル基、アリール基、アミノ基、カルボキシ基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アシルアミノ基、イミド基、イミノ基、スルホ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、スルファモイル基、スルホンアミド基、ウレイド基、チオウレイド基、複素環基等の15個以下の炭素原子もつ、好ましくは10個以下のの炭素原子をもつ基を表す。」(第9欄第48行~第10欄第12行)、

「一般式(Ⅰ)のカプラー

1.……

……

50.1-{4-〔α(2、4-ジ-tert-アミルフェノキシ)ブチルアミド〕-フェニル}-3-メチル-4-[5-または6-(4-isoプロピルベンゾイルオキシ)-1-ベンゾトリアゾリル]-5-ピラゾロン

……

66.1-ヒドロキシ-4-(5-ベンゾイルオキシ-1-ベンゾトリアゾリル)-2-(2-n-テトラデシルオキシ)ナフトアニリド

……

69.……」(第15欄第25行~第18欄第6行;ここに示された69例のうち、1~5、7~14、16~20、22~29、31~57、59、60、62~69の計63例は、前記一般式(Ⅳ)に相当する1-ベンゾトリアゾリル基を有するICCカプラーであり、一般式(Ⅳ)におけるZ1~Z4が4個とも水素原子であるもの(5例)と、3個が水素原子で1個が置換基(ハロゲン原子、ニトロ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキル基、アシル基、アシルアミノ基、イミノ基または複素環基)であるもの(58例)が示されている。)

以上の記載からみて、甲第1号証には、

「支持体の上に下記一般式(Ⅰ)によって表されるICCカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を有する多層カラー写真感光材料。

(Ⅰ)

〈省略〉

ここにおいて、Cpは、芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングする、カラー写真感光材料で使用される4当量カプラー残基(例えば5-ピラゾロンカプラー、アシルアセトアニリドカプラー、ピバロイルアセトアニリドカプラー、ナフトールカプラー、フェノールカプラー等の残基)であり、そのカップリング位で一般式(Ⅰ)のNに結合される;LおよびMはそれぞれ窒素原子あるいはメチン基を表し、LまたはMの少なくとも一方は窒素原子を表す;Vはベンゼン系の単環もしくは2環芳香族環を表す;このICCカプラーは芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングして、トリアゾール誘導体あるいはジアゾール誘導体を放出する。」、

および、そのなかで特に有用なものとして、

「支持体の上に下記一般式(Ⅳ)によって表されるICCカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を有する多層カラー写真感光材料。

(Ⅳ)

〈省略〉

ここにおいて、Cpは、芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングする、カラー写真感光材料で使用される4当量カプラー残基(例えば5-ピラゾロンカプラー、アシルアセトアニリドカプラー、ピバロイルアセトアニリドカプラー、ナフトールカプラー、フェノールカプラー等の残基)であり、そのカップリング位で一般式(Ⅳ)のNに結合される;Z1からZ4は同じであっても異なっていてもよく、それぞれ水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子等のハロゲン原子、あるいは、例えばニトロ基、シアノ基、チオシアノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基、アルキル基、アルケニル基、アリール基、アミノ基、カルボキシ基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アシルアミノ基、イミド基、イミノ基、スルホ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、スルファモイル基、スルホンアミド基、ウレイド基、チオウレイド基、複素環基等の15個以下の炭素原子もつ、好ましくは10個以下のの炭素原子をもつ基を表す;このICCカプラーは芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングして、トリアゾール誘導体を放出する。」

が記載されているものと認める。

(対比・判断)

そこで、本件発明と甲第1号証に記載された発明を比較すると、

(イ)甲第1号証に記載された発明で用いるICCカプラーを表す一般式(Ⅰ)または(Ⅳ)におけるCpは、カラー写真感光材料で使用される4当量カプラー残基であり、そのカップリング位(カップリング活性位)で一般式(Ⅰ)または(Ⅳ)のNに結合されるものであって、例示された5-ピラゾロンカプラー、アシルアセトニトリドカプラーまたはピバロイルアセトアニリドカプラー、ナフトールカプラーまたはフェノールカプラーは、それぞれ、マゼンタカプラー、イエローカプラー、シアンカプラーの代表的なものであるから、これは、すなわち、現像主薬酸化体と反応してイエロー、マゼンタまたはシアンの色素を形成するカプラー成分であり、

(ロ)甲第1号証に記載された発明で用いるICCカプラーは、層間効果を有するカプラーであり(甲第1号証第2欄第19行~第22行)、層間効果とは、多層(感光)材料の1つの層の現像による1つもしくはそれ以上のその他の層における現像抑制効果であって(同第2欄第26行~第29行)、1つの乳剤層における現像に応じて像様に放出され1つもしくはそれ以上のその他の層に拡散される現像抑制剤を使用することによって達成される(同第2欄第29行~第33行)ものであって、甲第1号証に記載された発明で用いられるICCカプラーは、芳香族第1級アミン現像主薬酸化体とカップリングして、トリアゾール誘導体あるいはジアゾール誘導体を放出するものである。

とすると、両者は、「発色現像反応によってイエロー、マゼンタ、又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制性を有する化合物となる基をカップリング活性位に有するカプラーを含む、ハロゲン化銀乳剤層を、支持体上に有するハロゲン化銀カラー感光材料。」である点で一致し、本件発明が、前記カプラーが一般式〔Ⅰ〕

A-(L1)2-Z-(L2-Y)b〔Ⅰ〕

で表され、該カプラーから発色現像反応によって離脱された基からの現像抑制性を有する化合物が発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつものであるのに対し、甲第1号証に記載された発明は、前記カプラーが一般式(Ⅰ)または(Ⅳ)

(Ⅰ)

〈省略〉

(Ⅳ)

〈省略〉

によって表され、該カプラーから発色現像反応によって離脱された基からの現像抑制性を有する化合物が発色現像液中に流れ出した後に、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される旨の明示の記載がない点で、一応相違する。

そこで、甲第1号証に記載されたカプラーが、本件発明で用いる一般式〔Ⅰ〕のカプラーと同一であるかについて、その具体的な化学構造の点、および現像液中に流れ出した後に実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解されるかどうかの点を、さらに検討する。

1. 具体的な化学構造の点について:

まず、甲第1号証に記載された発明で用いるカプラーを表す一般式(Ⅰ)または(Ⅳ)において、Cpは、前記(イ)からみて、本件発明で用いるカプラーを表す一般式〔Ⅰ〕における、Aに相当する。

次に、甲第1号証の一般式(Ⅳ)において、Cpに結合しているのは、その縮合ベンゼン環にZ1~Z4が結合した1-ベンゾトリアゾリル基であるが、そのZ1~Z4は、水素原子である以外に、ハロゲン原子あるいはニトロ基、シアノ基、チオシアノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基、アルキル基、アルケニル基、アリール基、アミノ基、カルボキシ基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アシルアミノ基、イミド基、イミノ基、スルホ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、スルファモイル基、スルホンアミド基、ウレイド基、チオウレイド基、複素環基等の15個以下の炭素原子をもつ基(以下、上記ハロゲン原子または15個以下の炭素原子をもつ基を「置換基」という。)であってよいものであり、実際、甲第1号証の第15欄第25行~第18欄第6行に69例示されている一般式(Ⅰ)のICCカプラーのうちの、63例をしめる一般式(Ⅳ)のものについてみると、その58例は、Z1~Z4が、3個が水素原子で1個が置換基であるものである。そしてその中には、前記置換基が、4-isoプロピルベンゾイルオキシ基

〈省略〉であるもの(甲第1号証第17欄第23行~第25行の、50.のカプラー)およびベンゾイルオキシ基(〈省略〉)であるもの(同第17欄第65行~第66行の、66.のカプラー)が含まれている。

一方、本件発明の一般式〔Ⅰ〕のカプラーについてみると、

L1(連結基)は、a=0でもよいからなくてもよいものであり;

Zは、例えば次の式

〈省略〉

(本件公告公報第8欄上から4番目の式;ここでXは水素原子、ハロゲン原子等、Yについては後述)または

〔Ⅱ〕

〈省略〉

(本件公告公報第13欄、一般式〔Ⅲ〕;A1はAのなかでシアンカプラー残基以外のカプラー残基、X、Yは上と同じ)のような形でA-(L1)2-基および-(L2-Y)基と結合するものが含まれ;

L2(連結基)は、-COO-、-SO2O-等の特定の化学結合を含む連結基であり、Zと直接もしくはアルキレン基または(および)フェニレン基を介在して連結し、他方Yと直接連結するものであり、例えば-COO-についてみると、

-Z-(CH2)d-COO-Y

〈省略〉

(dは0から10)

のいずれでもよく(本件公告公報第9欄第26行~第10欄下から第2行);

Yは、アルキル基、アリール基等で、置換基を有してもよく(本件公告公報第8欄第44行~第9欄第1行、第11欄第11行~第12欄第27行、第12欄第41行~第13欄第1行;なお、第12欄第41行に「X」とあるのは「Y」の誤植である);

(L2-Y)bは、b=1でよい。

そして、本件公告公報の第21欄から第42欄に40例示されている一般式〔Ⅰ〕のカプラーのうち、30例は、置換された1-ベンゾトリアゾリル基を有するものであり、そのうちの20例は、上記一般式〔Ⅲ〕においてXが水素原子であるもの、すなわち、カプラー残基Aに、1個の-L2-Y基で置換された1-ベンゾトリアゾリル基が直接結合したものである。そしてその中には、前記-L2-Y基が-OCOCF2CF3であるもの(本件公告公報第31欄~第32欄の、(20)のカプラー)が含まれている。

してみると、甲第1号証に記載された前記50.のカプラーおよび66.のカプラーは、カプラー残基Cp(本件発明で用いるカプラーを表す一般式〔Ⅰ〕のAに相当)に、

〈省略〉または〈省略〉で置換された1-ベンゾトリアゾリル基が直接結合したものであるから、本件発明における前記一般式〔Ⅰ〕で表わされるカプラーに該当するものである。

また、甲第1号証に記載されたカプラーは、前記したように、その1-ベンゾトリアゾリル基に結合する置換基が1個であるものが主であるが、その置換基としては、上記50.のカプラーおよび66.のカプラーが有していた以外のアシルオキシ基(-OCOR、-OCOAr;Rはアルキル基、Arはアリール基;以下も同様)、アルコキシカルボニル基(-COOR;アルキルオキシカルボニルと同義)、アリールオキシカルボニル基(-COOAr)、アルコキシスルホニル基(-SO20R)、アリールオキシスルホニル基(-SO2OAr)であってよいことは明らかである。そして、前記50.のカプラーではそのアシルオキシ基中のアリール基の部分に置換基(isoプロピル基)を有しているから、上記各種の置換基中に含まれるR(アルキル基)およびAr(アリール基)は、現像時に放出されるトリアゾール誘導体が現像抑制効果を有する限りにおいて各種の置換基を有していてもよいことは、明らかである。

してみると、甲第1号証に記載されたカプラーのうち、一般式(Ⅳ)で表され、そのZ1からZ4の3個が水素原子で、1個がアシルオキシ基、アルコキシカルボニル基(そのアルキル基が各種の置換基で置換されたもの)、アリールオキシカルボニル基、アルコキシスルホニル基またはアリールオキシスルホニル基であるものは、本件発明における前記一般式〔Ⅰ〕で表わされるカプラーに該当するものである。

したがって、甲第1号証には、化学構造の点で、本件発明で用いるカプラーの一般式〔Ⅰ〕に該当するカプラーが記載されているものと認める。

2. 離脱基からの現像抑制性を有する化合物が現像液中に流れ出した後に実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解されるかどうかの点について:

本件発明の明細書には、一般式〔Ⅰ〕においてL2で表される連結基には、現像液中で開裂する化学結合が含まれ、これが、発色現像液中の成分であるヒドロキシイオンもしくはヒドロキシルアミンなどの求核試薬により開裂するので本発明の効果が得られる旨、説明されている。例えば、-COO-は-COOH+HO-に、-SO2O-は-SO3H+HO-に、開裂すると記載されている(本件公告公報第9欄第26行~第10欄第5行)。

これを本件発明の明細書に記載された前記(20)のカプラー(本件公告公報第31欄~第32欄)にあてはめると、発色現像反応によって-OCOCF2CF3で置換されたベンゾトリアゾールが放出され、これが、発色現像液中で-OCO-の化学結合が開裂し、-OHで置換されたベンゾトリアゾールとCF3CF2COOHに分解されるということである。この分解前のベンゾトリアゾール誘導体が、現像抑制性を有する化合物であり、この分解後のベンゾトリアゾール誘導体が、実質的に写真性に影響を与えない化合物であると認められる。

そこで、甲第1号証に記載された前記50.のカプラー(甲第1号証第17欄第23行~第25行)および66.のカプラー(同第17欄第65行~第66行)についてみると、これらのカプラーからは、発色現像反応によって、〈省略〉または〈省略〉で置換されたベンゾトリアゾール(現像抑制性を有する化合物)が放出されるが、これらの化合物は、-OCO-の化学結合を有するから、発色現像液中でその部分が開裂して、-OHで置換されたベンゾトリアゾールと〈省略〉または〈省略〉に分解されるものと認められる。そして、ここで生成する-OHで置換されたベンゾトリアゾールは、前記本件明細書に記載された(20)のカプラーからの生成物と同じであるから、同様に、実質的に写真性に影響を与えない化合物であるものと認められる。

甲第1号証に記載されるカプラーのうち、1-ベンゾトリアゾリル基に結合する置換基が他のアシルオキシ基(-OCOR、-OCOAr)であるものも、同様に、発色現像液中で、-OCO-の化学結合が開裂して、同様に、-OHで置換されたベンゾトリアゾールを生成するとものと認められる。

また、甲第1号証に記載されるカプラーのうち、1-ベンゾトリアゾリル基に結合する置換基がアルコキシカルボニル基(-COOR)またはアリールオキシカルボニル基(-COOAr)であるものは、同様に、発色現像液中で、-COO-の化学結合が開裂して-COOHで置換されたベンゾトリアゾールを生成すると認められるが、本件明細書には、実施例でも用いられている(16)のカプラー(本件公告公報第29欄~第30欄)のように〈省略〉で置換された1-ベンゾトリアゾリル基を有するものも記載されており、このカプラーからは、発色現像反応によって-COOHで置換されたベンゾトリアゾールが生成すると認められ、これは、実質的に写真性に影響を与えない化合物であると認められる。

さらに、甲第1号証に記載されるカプラーのうち、1-ベンゾトリアゾリル基に結合する置換基がアルコキシスルホニル基(-SO2OR)またはアリールオキシスルホニル基(-SO2OAr)であるものは、発色現像液中で、-SO2O-の化学結合が開裂して-SO3Hで置換されたベンゾトリアゾールを生成すると認められる。本件明細書には、本件発明で用いるカプラーを表す一般式〔Ⅰ〕におけるL2が-SO2O-を含む場合の具体例の記載はないが、本件明細書では、L2についての説明の中で、-COO-と-SO2O-が、前記一般式〔Ⅰ〕におけるZおよびYとL2との結合の仕方も含めて、同様に説明されており(本件公告公報第9欄第26行~第11欄第10行)、-SO2O-が直接前記Z(1-トリアゾリル基等)およびYと結合する熊様もあるものと認められるところ、このようなカプラーからは、発色現像反応によって例えば-SO2O-Yで置換されたベンゾトリアゾールが放出され、これが分解して-SO3Hで置換されたベンゾトリアゾールを生成すると認められ、これも、実質的に写真性に影響を与えない化合物であると認められる。

してみると、甲第1号証には、化学構造が本件発明で用いるカプラーの一般式〔Ⅰ〕に該当するとともに、離脱基からの現像抑制性を有する化合物が現像液中に流れ出した後に実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解されるカプラーが記載されているものと認められる。

したがって、甲第1号証に記載されたカプラーのうち、一般式(Ⅳ)で表され、そのZ1からZ4の3個が水素原子で、1個がアシルオキシ基、アルコキシカルボニル基(そのアルキル基が各種の置換基で置換されたもの)、アリールオキシカルボニル基、アルコキシスルホニル基またはアリールオキシスルホニル基であるものについては、本件発明で用いるカプラーと実質的に相違するものではない。

(むすび)

以上のとおりであるので、本件発明は、甲第1号証に記載された発明であると認められるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号に該当する。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年7月9日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

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